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2013年12月15日 (日)

最初に

やっとだよ!
やっと解離性同一性障害について、ちゃんと書こうという想いになった。

一度は挑戦しつつも、挫折しちゃったんだよね。
なんてったって、日々、次々に新たな出来事が起こって、とてもまとめきれるもんじゃなかったんだもん。

それに、どこを基軸にして描けばいいのか、オイラが迷っていた。
迷った挙げ句に、人ごとだと持っていた解離性同一性障害は、自分自身の問題でもあると気がついた。
自分自身も幼いときに解離した人格を形成し、それがために長じても苦しみ続けてきていたという事実に、やっと気がついた。
なぁ〜る!
だから分かるんだね!( ̄ー ̄)ニヤリ


気がついて数年が経つが、結局はそういう自分自身を基軸に描くしかないなと、想いが至った。

それで「書こう!」となったわけだ。



本当にあった事を、自分の言葉でおもしろおかしく綴りたいと思う。
そうは思うんだが、自分が経験したことは、どう取り繕おうが自分に都合のいいないようなわけで、それが全て真実とは限らない。
昔のことについては、自分でも、何が真実で、何が自分に都合のいい記憶なのか、判断することはできねぇんだよね。
だもんで、そこんところを汲んでいただいて、てきとぉ〜に読んで、てきとぉ〜に都合良く解釈していただきたいと思う。



以上、前振り!!( ̄▽ ̄)


注:このブログ、テキストだらけだからね!
 
更に言うと、この「最初に」の後は新着順。
 本当の頭はココ
 そこんとこ、ヨロシク!

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心と体」カテゴリの記事

コメント

コメありがとうございました
私は多重人格と解離と遁走というまるで全部がバラバラな
病気のように主治医から言われましたが多重の「先行く仲間」
からいろいろアドバイスをもらいながら「なるほど」の連続です

なのでまだ私には本当は何人いるのかまだ全部はわかってません

私の場合主治医から「思い出し禁止なんてことを言われてたので
フラバはしかたないとしてなるべく思い返さないようにしてたのですが
いえいえ・・・思い返し(abreactionといいます)は必要なことだったんです
それには主治医は聞いてくれないしカウンセリングも禁止にされている
のでゆいいつ「書く」ということはいいそうなので最近「まんま書く」という
ことを始めたんですそしたら摩訶不思議なことが起きる毎日になりました

でも少しづつ買いていってみんなと「調和」できたらいいですね

>マユミさん

私のブログへのコメント、本当にありがとうございます!ヽ(´▽`)/
私自身も別の病気で精神科にかかっております。
主治医には「私の妻は解離性同一性障害ではないのか?確かな証拠もあるんだけど」と訴えましたが、軽くいなされました。
また解離性同一性障害と診断されている友人との交流の様子も伝えましたが、「あまり深く関わらない方がいい」と、逆に釘を刺されました。


しかし、これは彼らの立場からすれば当然のことなんです。
医療従事者には、決して越えられない一線があります。
それは、患者に寄り添うことです。
精神疾患であれ精神障害と呼ばれるものであれ、それが先天性ではなく後天的なもので、家庭環境や生育環境に深く関係する病は、詮ずるところ、患者を取り巻く環境そのものに踏み込まざる得なくなります。
そかしそれは、日本でいわれる「精神科医医療」の分野ではありません。
では行政か?
警察か?
その答えを持たないのが、私たちの暮らす日本社会の現実だと思っています。
また、そのような社会の未来に光をもたらす者も、マユミさんのような方々でなければならないと、私は強く信じています。
それが私の信念です。
人並み以上に苦しみ、誰にもそれを理解してもらえない。
その上、幸せになれないなんて、そんなの現実の方が間違っています!

私がこのブログを綴ろうと心に期した目的。
そういった現実を変えたい。
また変えていくんだと、理想に燃え立つ一人を見いだしたい。
ささやかな挑戦ですが、持つ意味は大きいと、私は信じています。


マユミさんの抱える苦しみ、辛さは、誰人もがたやすく理解できるものではありません。
同種も問題を抱える者のみが理解できる。
そういった問題だと思います。
とは言え、完治はもとより寛解さえ厳しいとしても、その問題を自身の糧に替え、今までとは違う立場で問題に立ち向かえる存在になれる可能背を、マユミさんは秘めておられるように私には感じられます。
その可能性を、自分の言葉でブログに綴るという行為に見る気がするのです。
苦しければ、休めばいい。
辛ければ、一時、自分を安全場所に避難させるのもいい。
最後まで挫けさえしなければ、何でもアリだと思います。


どうか最後は「挫けない」マユミさんであっていただきたいなと思います。

やっばりお医者さんは頼れませんね(∀`*ゞ)テヘッ
教科書でお勉強した人たちにはわかるわけかなないですものね
断酒後3ヶ月で初のフラバを体験したときものすごい長いもので
主治医にそれを話したら「ああやっぱりなった?あれ疲れるらしいね」
って言われました~(;´▽`A``

精神病んでようが体病んでいようが(私の場合体にも影響ありますが)
経験したもの同志でしか話せない通じないのは確かですね
「まんま書く」ということでこうして繋がれる方ができるのは嬉しいです(*´∇`*)

さあ今日はどんなことをしたいのかな?って自分に聞きながら
いつも眠りにはいってます

物差しはひとそれぞれ。
育った環境、時代、年齢、経験によって、各人まちまちです。
その中でも精神疾患とか障害とか言われるものは、経験しなければ、それを推し量る物差しを持つことはできません。
医療従事者とてお同じです。
ご自分がゲイであり、その事に悩んだ挙げ句に精神科医になったという、九州で精神科医をなさっている方のお話を聞いたことがあります。
こういう自身の問題が動機となって精神科医になっていれば、また違うと思うのですが...
しかし、精神科医には変わり者、中には「お前、病んでるだろう!」と言いたくなる人も多いですがw

フラバはキツイですね。
私の親友は薬物依存のフラバに、最近まで悩まされていました。
テレビの「警察24時」みたいな特番で薬物が映し出される度に激しいフラバに襲われて、苦しんでました。
苦しむと分かっていても、観ちゃうんですよねぇ。

フラバには、私には特異な経験があります。
数年前、自宅近くの駐車場内、自分の車の中でレイプされ、挙げ句に殺害されるという凄惨な事件がありました。
その報道に接した数日後、車を運転中に、何気にその報道を思い出し、自分の中に言いようもないレイプの恐怖と、せめて命だけは助けて欲しいという叫びがこだましました。
一時的なものでしたが、完全に心神喪失状態になって、危うく大事故を起こしそうになりました。
私は男性ですし、その様な経験を持ちようもないのに、です。
私の中でのレイプに対する嫌悪感はかなりのものなのですが、それもなにか関係があるのかも知れません。

ぱこちさん多重の人にはあるんだそうです
男性には女性人格、女性には男性人格があるそうです
(これは私の先行く仲間が教えてくれました)

私にも男性人格います
それもとても暴れたがりで乱暴で喧嘩強いんです
断片で思い出すその人格はとても自分とは思えない
本当にまるで男性の精神異常者でした

私の場合旦那さんがいろいろ教えてくれます
私が覚えてない行動でも旦那さんにとっては
実際あったことで話しをしたりなだめたり遊ん
であげたりしてくれています

1人でないってことは大事ですよね
特に迫害者人格さんというのは危険なので
普通の(うちの旦那さんはうつですが)人が
見ていてくれるってすごく心強いです

だからぱこちさんも奥さまと一緒にいて
奥さまのことも見て上げられるし自分の
ことも奥さまは知ってらっしゃるかもしれませんね
(自分の記憶がおかしいこととか)

最近ブログは下書きにしておくようにしてます
書いてすぐに送信しないように・・・
でないと誰かがいたずらしてる可能性があるので

私はクロスアディクションだったのですが
いろんなことへの依存を手放しました
もちろんそこまで来るのにはすごく時間がかかりました

で・・・?
アディクションから抜け出してパチパチおめでとう
かというとそうじゃないんですね
それは新しい闘いのスタートでした

また遊びにきま~す

私の親友(女性)も男性が二名います。
一人は眼鏡をかけた45才、リーダー格。
もう一人は暴力担当、38才。
ちなみに友人は40才です。
二人とはマブダチです。
暴力担当は言動すべてが暴力的なんですが、そういう風にしか自分を表現できない奴なんです。
彼女の中の暴力的な部分が、その様な形を取って現れているように感じます。
当人の中には、激しい怒り、凶暴性が皆無なんですから。
リーダー格にしてもそうです。
彼は交渉担当なんですが、当人は交渉なんてとてもできないんです。
すくみ上がって、全身をガタガタブルブル震わせながら、電話越しで私がついていたならやっと交渉できるかなという感じです。

側に分かってくれる人がいて、観察してくれているというのは、本当に恵まれた環境だと思います。
それでも辛いことは多いと思いますが、ふっと我に返ったときに、それでも恵まれた環境に身を置き、かけがえのない人に護られているんだという安心感は、非常に大切だと思います。

私の中に、女性人格がいる。
なるほど!
そういう発想はありませんでした。
確かに、あっても不思議じゃない。
いや、誰にあっても不思議じゃないと、私は考えているんです。
だって、複数の人格を抱えているという事実は、否定しようがないんですから。
否定しようのない事実であるならば、その事実が普遍性を持つと言うことです。

でも人は、自分の内面に向き合おうとは、まずしません。
自分の内面には、汚らしさ、淫らさ、陰湿さなどなど、当人が忌み嫌う自分も受け入れると言うことですから。

だからこそ私は、解離性同一性障害などの精神障害を持つ人にこそ、未来があると信じているんです。
未来を切り開くフロンティアになり得ると。
自分と向き合うことを強いられる人生であられるわけですから。

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